あれこれと重なるときは重なります
実は、この土日が文楽ツアーの日だったりします。今回は、大阪他、ちょこっと寄り道をしたりするので、あらゆる準備がのったりまったりでして、明日何で行くかもようやく先ほど確定したところです。
そんな旅行前の慌しい最中、実家の母から電話がありました。以前、余命幾許も無いから…とお見舞いに行った伯母の旦那さん、つまり伯父が亡くなったとのことです。伯母夫婦は二人して癌に見舞われ、二人ともいつどうなってもおかしくないと聞いていましたので、今回の訃報は驚きはしても冷静でいられました。
が、明日私は大阪へ向かいます。
母も(一旦)大阪へ向かうことになっています。
この奇妙な符号に、行かなくてもいいと言われていたけれど、明日のお通夜ぐらい行くべきだろうか?と思ってしまいました。結局は、母の親族も伯母の兄弟のみの参列だし、お香典を遠慮するお葬式なのでそれもいらないと言われまして、私は弔電のみ送ることになりました。
ちなみに弔電…今まで郵便局で取り扱っている弔意用のレタックスしか申し込んだことが無いので、弔電そのものを利用しようか、はたまた慣れているレタックスにしようか、ただいま悩み中です。どちらでも大差は無いのですが、そもそも弔電って電話で申し込むの?というレベル。この後、改めて両方を調べて選ぼうと思います。
しかし、重なるときは重なるものです。同じ日に同じ場所(母は経由するだけですが)へ別々に向かうことになるとは!そして、やはり毎年一人ずつ、母方の親戚が減ってゆきます。今回は、血の繋がりの無い伯父であるけれど、それでも誰かが亡くなるのは嫌なものです。しかも、伯母も決して安心していられる状態では無い訳ですし…
そして、少々の罪悪感。なにせ、お通夜、お葬式の最中、私は文楽観劇に、友人との再会等、目一杯遊んでいるのですから。これが普通に自宅に居るだけなら感じなかったでしょうが、よりにもよって旅行と言ってもいい程の距離を移動し、遊びの計画満載といったスケジュールを組んでいる日なんですもん。
行けばちゃんと楽しみます。でも、きっと後で、微妙な気持ちになるんだとも思います。
まぁ、なんにせよ、来なくていいと言われた以上何も出来ませんし、何も出来ない以上不必要な気遣いも要らないはずなんですけどね。それぞれ、その時すべきことがあって、私は当初の予定通り過ごせばいいだけの話。心の中で、伯父の冥福を祈りつつ、大阪+αの旅を楽しんできます。
今回の大阪行きをもって、恒例の大阪行き(主に文楽ツアー)をしばらく控えるつもりでも有りました。最後のつもりで楽しむ予定でもありました。なので、それは全うします!
明日はそのまま文楽観劇三昧、そして明後日の日曜日は、うふふなお楽しみがあります。それらは純粋に楽しみです。
そんな訳で、明日明後日と行って来ます~